ひとりも見捨てないことを、あきらめない

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『学び合い』の最初の授業・・・中学校1年生数学「正の数・負の数」

 もしも、『学び合い』をまったくやったことがなくて、『学び合い』関連の本を読み、「これは、すごい。自分もやってみようかな」と考えている人がいたとします。でも、どうやって準備したらいいんだろう。どんなふうに話をすればいいんだろう、授業の進め方はどうすればいいんだろうと、きっと悩んでいると思います。
 そこで、そういう方を対象に、「最初の授業」を、とことん丁寧に解説(?)してみようと思います。

 

1 学年と題材
 先生方は4月になると、新しい気持ちで仕事に取り組みます。そのなかで『学び合い』をやってみようと考えるのは、ゴールデンウイークの頃だろうと思います。そこで、中学校1年生の「正の数・負の数」を題材にして、最初の授業を組み立ててみます。

 

2 準備
 『学び合い』では、「教科書の66ページの問題がすべて解けるようになりなさい。また解き方についてクラスの友だち2人に説明して納得してもらったらサインをもらいなさい」という形で課題を提示することが多いです。しかし、一番最初の授業では、このような課題設定の方法では、教える側も、教えられる側も不安になってしまうと思います。
 そこで一番最初の授業では、以下のようなプリントを用意すると良いと思います。ただし、これは原則として最初だけです。同じようなプリントを毎時間用意するのはとても手間がかかるので、継続できません。

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3 プリントの作り方
 現在の学習指導要領では、1学年の数学は週に4時間で、1年間に140時間程度が標準です。各出版社の教科書も、この時間で履修できるようにつくられています。指導書に例示してある年間指導計画案も、合計140時間になっていると思います。
 ところが現実には、定期テストがあったりテストの返却を行ったり、各種の行事と重なったりして、140時間よりも少ない時間で授業を行っていると思います。そこで、実際の授業時間を考え、さらに学年末に数時間程度の余裕をみて合計の時間数を算出します。教科書のページ数をこの時間数で割り算すると、おおむね1回の授業で2ページから3ページ程度すすんでいくと、ちょうど1年で教科書が予定どおりに終わります。
 アクティブ・ラーニングの最初の授業で用意するプリントは、教科書を2ページ程度コピーして切り貼りして作るとよいでしょう。前ページのプリントはそのようにして作ったものです。ただし、実際の教科書の内容とは数値等を変えてあります。
 また、問題のプリントだけでなく、解答のプリントも必ずつくっておきます。そして、解答のプリントはA3程度に拡大コピーして、最低2枚は用意しておきます。

 

4 1単位時間で扱う問題数

 アクティブ・ラーニングの形式を導入するまでは、1回の授業で2ページから3ページ進むために、教科書の問題数の半分か、3分の1程度にまで精選して、授業で扱っていました。しかし、アクティブ・ラーニングでは、教科書の問題を、ほぼすべて扱うことが可能です。
 練習問題のページや章末問題のページ等では、授業で取り扱わない問題も出てきますが、いままでの授業形態よりもずっとたくさんの問題に取り組むことができます。問題数としては「そのクラスのトップクラスの生徒が、15分程度で解けるぐらいの問題数」が、ちょうどよいと考えられます。

 

5 授業のはじめに

 さて、いよいよアクティブ・ラーニングの最初の授業が始まります。授業の冒頭に、この時間でやるべきことをきちんと生徒に伝える必要があります。次の点に留意して、話す内容を決めていきます。

  • ア ひとりも見捨てずに、全員が問題を解いて理解できることをめざす。
  • イ そのために、クラスの全員が協力する。
  • ウ 教室の中を自由に移動してもかまわない。
  • エ 解答を最初から生徒に示す。まだ何も解いていない状態でも解答を見てよい。
  • オ この時間にクラス全員が達成すべきことは、黒板に書いておく。
  • カ 達成した生徒、達成していない生徒がわかるようにしておき、まだの生徒はみんなで助けるようにする。
  • キ キッチンタイマー等を利用し、決められた時刻には自分の座席にもどるように指示しておく。

 

6 クラス全体に語る言葉

 実際にクラス全体に語る文章は、たとえば次のようなものです。

 「中学校に入学して約1か月が過ぎました。皆さんも、次第に中学校の勉強に慣れてきたと思います。今日は、今までの数学の授業のやり方と少し違う方法で勉強します。この方法は、皆さんが自分でどんどん勉強するという方法です。中学生になったのですから、小学生とは違います。いつも先生に教わるだけでなく、自分で勉強する方法も身につけて下さい。
 皆さんに、今日の課題のプリントを配りました。このプリントはノートに貼って下さい。今日の目標は、このプリントをクラスの全員が解けるようになることです。そして、内容をしっかり理解し、解き方を他の人に説明できるようになってください。皆さんなら、きっとできると思います。
 このプリントは、教科書の☆ページから☆ページまでの内容です。大切なところは、プリントに四角で囲んであります。同じ文章が教科書に書いてあります。その部分を探して、教科書にマーカーで線をひいてください。
 プリントには、合計で8つ問題が書いてあります。(1)から(6)までで6問あります。最後の数直線の問題は、自然数はどれですか、整数はどれですか、と2つの問題が書いてあります。
 解答はこのプリントに書いてもいいですし、ノートに書いてもいいです。それから、解答は前の黒板と後ろの黒板にマグネットで貼ってあります。皆さんは、自由に答えを見ることができます。解き終わってから見るのではなく、まだ解いていなくても見ることができます。
 そうすると、答えを写す人が出てくるかも知れませんが、答えを写してもいいです。でも、答えを写しただけでは、内容は理解できませんよね。今日の目標は、答えを写すことではなく、内容を理解することです。そして理解した内容を説明できるようになることです。
 全然、問題が分からない人もいると思います。そういうときは、友だちに聞いてもいいです。友だちが遠くに座っているなら、呼んでもかまいせん。また、自分から聞きに行ってもかまいません。つまり教室の中を自由に移動することができます。
 問題がわからなくて先生に質問したい人は、先生のところに来てください。一生懸命に先生は教えます。ただし、先生と皆さんはずいぶん歳が離れていますので、クラスの友だちに手伝ってもらった方が皆さんの理解につながると思います。
 今日、皆さんがやらなければならないことは、黒板の右側に書いておきます。そして、そのとなりに簡単な座席表も書いておきます。課題を達成した人は、自分の座席のところに◯を書いて下さい。そして、まだ◯になっていない人を手伝ってください。クラスの全員が◯になるようにみんなで頑張りましょう。
 このような形で、今日の授業をすすめようと考えていますが、皆さんのなかに「こういう授業はイヤだ」という人はいりませんか?(学級全体に問いかける)。「イヤだ」という人は居ないようですが、それでは、今日はこのような形で授業をしてもいいですか?(「いいでーす」という声があがる)。
 それでは、このタイマーを授業終了5分前にセットしておきます。これが鳴ったら、全員が終わっていなくても自分の座席に戻って下さい。では、全員が◯になるように頑張りましょう。問題を解き始めて下さい」

 

7 板書について

 黒板に、本日の達成目標を書いておきます。今回のプリントの内容であれば、次のような書き方をしてみてはいかがでしょうか。

 

【本日の課題】

  • ア プリントの問題をすべて正しく解き、きちんと丸つけをする。
  • イ 最後の問題で、自然数は3と+13であり、整数は、-6,-7,3,0,+13であることを理解し、なぜそうなるのかをクラスの2人に説明し、納得してもらえたらサインをもらう。

 

 また、本日の課題を達成している人、まだ達成していない人を表示するのに、小学校ではネームカードを使いますが、中学校は教科担任制なので、たくさんのクラスのネームカードを教科担任が持ち歩くのは効率的でないと思います。管理が大変で、他のクラスと混ざったり、誰かのネームカードが紛失したりする可能性があります。
 そこで、図のような簡単な座席表を黒板に書いて、課題を達成したら◯をつけるようにします。

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8 最初の10分間

 授業の冒頭で生徒にプリントを配布し、本日の課題について語ったり板書したりしていると、数学が得意な生徒は、問題を解き終えてしまいます。そして、答え合わせをしてもいいのかを聞いてきます。
 「先生、答えを見てもいいんですか」
 「はい。黒板に答えが貼ってあるから、まず丸付けをしてください。全部正解だったら、最後の問題について、なぜそうなるのかを2人の人に説明してください。相手の人が納得してくれたらサインをもらってください。そして2人からサインをもらったら、黒板の自分の座席のところに◯をつけてください」
 このようにして、最初の数人が教室の中を歩きはじめます。

 

9 次の10分間

 最初の数人が自分の友人に教えたり、何人かのグループが出来たりしながら、次第に学習の輪がひろがっていきます。大きいところでは、ひとつの机に5人から6人くらいの生徒が頭を寄せあって話し合いを始めます。このくらいのタイミングで、学級全体に聞こえるように、しかし特定の生徒を対象とせずに、次のように言います。
 「最後の問題で、自然数は2つしかないけれど、整数は5つあるんだぞ。どうしてそうなるのかを、きちんと理由をつけて説明しなければダメだぞ」

 すると、生徒たちの集まりの中から次のような声が聞こえてきます。

 「なあ。ゼロって整数には入るけど、自然数には入らないのかい?」
 「うん。そうだよ」
 「でも、どうしてゼロは自然数に入らないんだい?」
 「だってそれは・・・」

 また、別の集まりでは、次のような生徒同士の会話が聞こえてきます。

 「わかったかい?」
 「うん。わかった」
 「じゃあ、説明してごらんよ」
 「うーんと、整数が-6と-7と3と0と+13になるのは、整数は整数だから整数なんで、それから自然数は0と3と13で・・・」
 「え。違うよ。0は自然数にならないよ」
 「なんで? そうなの?」
 「そうだよ。プリントのここに書いてあるじゃん」

 このようなやりとりを聞きながら、机の間をぐるぐるとまわりながら、「2人にサインをもらったら、黒板に◯を書いてくれよー」と、繰り返しつぶやきます。また、何度か黒板の前に移動して、残りの人数を書き換えます。

 

9 最後の10分間

 残り10分ぐらいになると、課題を達成していない生徒は、5人程度まで減ってきます。多くの生徒は、これらの達成していない生徒のまわりに集まり、整数と自然数について教えたり、説明の仕方を教えたり、本人が説明するのを聞いたりしています。そして、おそらく授業終了の5分前ぐらいのタイミングで全員が課題を達成します。
 ただし、残念ながら課題が達成できない場合もありえます。このようなときに備えて、私は料理用のタイマーを用意しておき、タイマーがなったら作業を中断して自分の座席に戻ることを使って、授業終了5分前にセットしておきます。そして全員が課題を達成できた否かにかかわりなく、その時間になったら自分の席に戻るようにお願いしておきます。

 

10 授業の最後の語り

【課題を全員達成できた場合】

 「まず、クラス全員で力を合わせて、ひとりも見捨てずに課題を達成できたことがすばらしい。今回の授業の目的は、自分で学習するということでした。私もぐるぐるまわりながらたくさん教えましたが、私が教えるよりも前に、皆さんはどんどん自分たちで学習していました。そして、とうとう全員が課題を達成しました。本当にすばらしいと思います。
 ただ、残念なことに、一部の人は、他の人が頑張っているときに、関係のないおしゃべりをしていたりしました。この人たちは、困っている人を見捨てているのかなあと、悲しくなりました。次回、このような形で授業をやるときには、クラスの全員がひとりも見捨てないように頑張ってほしいと思います。
 時間が少しだけ残っていますので、自分のノートを確認したり、隣近所で学習内容を復習したりしてください。チャイムがなったら挨拶をしましょう」

 

【課題を全員達成できなかった場合】

 「みんな本当によく頑張りました。けれども、残念ながら時間までに全員が課題を達成することはできませんでした。こんなに頑張ったのに、残念ですね。でも、あと一歩だと思います。課題が終わらなかった人も、おそらくすべての問題がちゃんとできていて、丸付けもちゃんとしていて、最後の説明がちょっと残っているだけだろうと思います。
 ですから、できればこのあとの時間や休み時間を利用して、課題が達成できなかった人も、最後までやりとげて欲しいと思います。【見捨てない】というのは、そういうことです。時間がなくなったからハイ、オシマイではなく、休み時間等もをつかって何とかして全員ができるようにしようと、頑張ってもらいたいです。
 それから、みんなの様子を見ていて残念だったのは、まだ課題が達成できていない人がいるのに、関係ないおしゃべりをしている人が居たということです。中には、すぐ近くに困っている人がいるのに、お友達としゃべっている人もいました。
 この人たちは、同じクラスの仲間を見捨ててしまうのかなあと悲しくなりました。もしかすると、全員が課題を達成できなかったのは、あなたの責任かも知れませんよ。次回からは、ぜひ、ひとりも見捨てないようにしてほしいと思います。
 ひとりを見捨てるクラスは、ふたり目も見捨てられます。そして3人目はキミかも知れません。今日の授業の目的は、自分たちで学習できるようになる、ということでした。けれども関係ないおしゃべりをする人が居ました。そして、見捨てられる人が出てしまいました。とても残念で悲しいです。次回の授業では、このようなことが無いようにしてほしいと思います。
 授業時間が、まだ少し残っていますので、ぜひ全員が課題を達成できるように頑張ってください。チャイムがなったらすぐに自分の座席に戻って下さい。そして挨拶をしましょう。」

 

11 授業のあとで

 可能であれば、今日の授業の感想を、何人かの生徒に聞いてみると良いと思います。指導している先生も、「うまくいくかどうか」がとても心配だっただろうと思います。生徒の言葉を聞いてみてください。きっとエネルギーをもらえるだろうと思います。